日本人はどんなふうにしゃべっているの?

―日本語・英語・中国語の対照に基づく、日本語の音声言語の教育に役立つ基礎資料の作成―

現実の日常的コミュニケーションの様子―コミュニケーションを調べる










 十六世紀後半、ルイス・フロイスというポルトガル人宣教師が書いた『日欧文化比較』には、次のような一節があります。
「パーティで出された酒を褒める時、われわれ西洋人は嬉しい愉快な顔をして褒める。だが、日本人は泣いているように見える厭な顔をして褒める」
 別に、私たち日本人の先祖が変だったということではありません。
今でも私たちはこんなことをよくやっています。
たとえば中高年の男性が、杯を片手に、眉間にシワを寄せてしかめっ面をして、ゆっくりと「いやあーこの酒はうまいですなあー」なんてりきんで言うのは、そうめずらしくもないでしょう。
 ところで、このりきんだ「うまいなー」を聞いてもらって印象を調べたところ、日本人は「とてもうまいと言っている」と判断するのに、外国人の、日本語ペラペラの学生たちはしばしば「本当はまずいと言っている」と判断するということがありました。
 中高年の男性の例だけではありません。
「申しわけないんですけど、あのー」などと頼みごとをしてくる日本人はたいてい、しかめっ面と、低くりきんだ声で、恐縮してみせるのではないでしょうか?
ことさらに眉間にシワを寄せて、りきんだ声でしゃべると、丁寧になるということが、たとえば英語で同じように見られるでしょうか?
 単語や文型は教わっても、日本語のコミュニケーションを教わっていない外国人には、しかめっ面やりきみ声のように、私たち日本人が相手に丁寧に接しようとしてやっていることが、必ずしも丁寧に感じられないわけです。
日本語を教える時には、発音や単語や文型だけでなく、コミュニケーションについても教える必要があるでしょう。
 われわれは日本語のさまざまな場面のコミュニケーションを、映像と音声の両面から調査して、コミュニケーション教育のための基礎資料を作っています。
これは、日本語のコミュニケーション研究にも役立つだけでなく、日本語文法をコミュニケーションの中でとらえ直す上でも重要な作業になると考えています。
口の中を調べることと、コミュニケーションを調べることは、一見まったく別々のことにも思えますが、実はそんなに違っているわけでもありません。私たちの舌の動き、喉の開け閉めは、コミュニケーションの中でおこなわれるもので、そこに見られる文化差は、いずれコミュニケーションとつながってくるものだからです。